今回のヒマラヤでのできごと


高地不適応な体と知りつつも、再び私はヒマラヤへ来てしまった。
高地では悔しいことにパワーが3分の1も出ないのです・・・。
息は絶え絶え、心臓が飛び出しそう。
高山病といっても、頭痛や吐き気はせず、心肺がダメージ受けるタイプ。
階段登ってもぜいぜいしている人間が山を登るのだからまあ、結果は火を見るより明らかです。


ゆえに私の登山姿は非常に無残。
杖にすがり、息が上がって顔も青く、よろよろと登っていく。
日焼け止めを塗り直す気力すらなく、じりじりと高地の強力な太陽に身を焼かれるに任せ・・・。
それはヤケドに等しく登山後しばらくは顔も手もずるむけ状態となりました。
鼻水が顔にこびりついていようと拭き取る余裕ももちろんない。
できることならこのまま倒れてしまいたい。


異国の山の上、そんな私に通り過がる知らない人が見るに見かねて?声をかけてくる。


まずは、目のきれいなインド人らしき男性。

私は忘れない。
息もたえだえに進む私に
「向こうに君の仲間たちがいるよ、ゆっくり、ゆっくり進みなさい!」と言ったその人のまなざし。
見ず知らずの私に向けられた、力強く愛に溢れたまなざしを。


一瞬にして、私は希望に満ちたのだ。
「このまま、自分のペースで歩いていこう!それでいいんだ!」
一瞬にして、人は人に希望を与えることができるのだ、と思った。


その人は袋からごそごそチョコレートバーを取り出すと私にくれると、笑顔で去って行った。


うーん、やっぱり人はエネルギーだ。
その人の持つ、力。

一瞬でその人の魂の在り方というか、心の座り具合がじんと伝わってきたんだ。


次に出会った西洋人らしきおじさん。
おせっかいに何度も何度も強く言う。
「あなたのような状態だと目的地まで3時間はかかる、陽も落ちると冷え込むし、戻れなくなるかもしれない、悪いことは言わない、途中の宿泊所まで戻りなさい。そして翌朝目的地を目指すといいだろう、とにかくこのまま進むのは考えなさい!」
あまりにも強く説得され、今日絶対たどりつくぞ!と決意していた私もだんだん弱気になってきた。
行き倒れて冷え込む大地に横たわる自分の姿がイメージされてくる。
無理をしてかえって周囲に迷惑をかけることにもなるかもしれない。
ネガティブなことを考え出すと、どんどんそちらに傾いていく。
とうとう、このおじさんのおかげで私は初めて引き返すという選択を一度することになる。


おじさんの言うことは確かに世の中の常識、良識で安全策だ。
どこにでもよくいるタイプかもしれない。
「こんなことをやっていきたい」って言うと「そんなんで食べていけるのか」「考えが甘いのでは」「前例がない」とか、まあ、正論だけど夢も希望もなくなるような、ことを言ってくる人。
うーむ、甘くはない、とか相当努力が必要ってことは承知の上で、手放しで私を応援してくれる、それが一番うれしいかな。
そして私もすべての人に対して、圧倒的に絶対的に後者でありたいんだ。


おせっかいのおじさんの忠告どおり、一旦引き返すルートを取ったものの、戻る途中で私よりさらに体調が苦しいが頑張って登ってきた仲間二人と出会う。
「私は自信なくなって、もう戻ろうかと思ってここまで来たんだよ・・・」と落胆しながら言うと、仲間たちは「ここまで来たんだからゴームク(目的地)まで絶対行く!行きましょう!」と体はへとへとながら目はきらきらしながら言うのだった。
またしてもその決意に胸を打たれた私。「すごいな!」
私より大変な状態なのに、彼女達は頑張ろうとしている。
だったら私だってもう一度、目的地を目指す方向で行ってみよう!

私たちは進むのだ!



再び私がへろへろ山道を歩いていると、先に行って休憩中だった仲間のひとりが若い男の人と話をしているようだった。
男性はドレッドみたいなヘアで一見どこの国の人かよくわからない。
私の様子を見て、「あ、高山病かもしれない、よく効くハーブが生えているんだ」と言って道から外れると、葉っぱをちぎって私のところへ持ってきてくれた。
その人は日本人だった。【ようすけ君】という名前だった。
「これはホーリー・バジル(聖なる草)で、高山病によく効く。唇の裏側に入れているといい」「これはまわりを平和にきれいに、してくれる力があるハーブなのだ」と教えてくれた。


ようすけ君は手に笛を持っている。
竹に穴をあけたようなシンプルな笛。
「気持ちよいところで吹きたいけ」(名古屋弁?)と言う。
私が出会ったときはもう吹き終わっていたみたいだが、仲間の話によると、彼が笛を吹き始めるとなぜか泣き出す人もいる、自然とまわりに人が集まってくるのだと言う。
彼は満月(もうすぐ満月だった)の日、ヒマラヤで笛を吹きたいようだった。
そのためだけにそこにいるかのような感じだった。


その後、ようすけ君やほかの仲間ともバラバラだったが、結局、私は自分のペースで進み、ゴールすることができた。
気力、気力以外の何もなかった。


ヒマラヤの聖地。
ガンジス川の源流。
そこで沐浴すると、すべての罪が浄化されるのだという。
しかし氷河が溶け出した水は、触っただけで凍えるように、とんでもなく冷たい。


今日は途中の宿泊所まで戻り、そこで全員落ちあうことになっている。


私が帰りかけた途中で私を励ましてくれた遅れていた仲間たちも続々と到着しはじめた。
結局みんなゴールすることができたのだ!
涙があふれる。やっぱり頑張ってよかった!


しかし到着して終わりではないところが山登りのつらさ。
今度は同じ道を体力の尽きた身で下らなければならない。


ゴームクの入り口のところまで戻り、一緒に下ろうと遅れてきた皆をしばらく待っていたが、なかなか来ない。
太陽が傾きかけてきたので、また自分の歩みをぼちぼち進めることにする。
少し肌寒くなってきた。


私はひとりでよろよろ道を下り続けていた。
雨がぽっつりぽっつり降って来たり、太陽もさらに傾き、心細い雰囲気が漂っていた。


しばらく下ったところでようすけ君にばったり出会った。
「はらぺこやけん、帰る」と言っていた。
そして思い出したように「君が最後だよね?」と聞いてきた。
私は仲間数人を待っていたが、なかなか来ないので一人で下山を始めたことを伝えた。


「どうしたんだろ、遅すぎる・・・」「今来ないということは何かあったのかも・・・・」
彼はまた、みんなの様子を確かめにゴームクまで戻ると言い出した。
私たち一行とは今日会ったただの通りすがりなのに、それ以外の選択はないようだった。

そして「一緒に行く?」と聞かれたが、その時の私にはあの道のりをまた戻るのは想像するだけで気が遠くなる行程だった。
気力も体力も限界で、私はひとりで下って待っていることを選択したのだった。



何とか宿泊所に着いて、少し食べ物を取って落ち着いてきたものの、来ない仲間の様子が気になって仕方がない。
仲間や戻って行ったようすけ君は今、一体どうしているのだろう。
山のどこにいるのだろう、どんな様子なんだろう。
もうほとんど暗くなっているし、さっきよりもっと寒いだろう。
涙が出てくる。
私だけ戻ってきてしまってよかったのだろうか。
もし何かあったらどうすればいいのだろう。
罪悪感が押し寄せる。
心も混乱しているまま、布団に横たわる。
待つしかない。


何時間たったのだろうか?
そのあいだ私はうとうとしていたらしい。
にわかに周辺が騒がしくなり、みんなが戻ったのだと知った。
一人は両脇を抱えられるようにしてベットに倒れこむ。
宿泊所に常駐の看護士さんがマッサージしたりいろいろしている。


ようすけ君に聞くと、まだかなりゴームク寄りのところにみんながいたという。
かなり弱っている人もいて、励ましあいながらゆっくりゆっくり下ってきたらしい。
みんな口々に「死にかけた」と言う。
「ようすけ君が助けに来てくれなかったら私たちは遭難していたかもしれない」と。
聞くとようすけ君が症状のひどい人の手を握ったり、歌(それもすばらしかったらしい)を歌ったりしながら下ってきた。
当の本人は例のバジルを皆に配ったりすると別に何でもない様子で食堂で、ご飯を食べている。
私に会った時点でかなり腹ペコだったのだから、相当おなかもすいていたんだろうな。



あとでみんな口々に言っていた。
「あんな人ってほんとうにいるんですね」
みんな彼の強く静かで愛に満ちているエネルギーにすっかりやられていた!
私はホーリー・バジルを教えてもらったけど、彼こそが優しさや慈しみに溢れているホーリーな存在だと感じました。


この濁世で、あのような人が日本に生息していることを奇跡に思う。
・・・といってもインドを放浪していることがほとんどかもしれないけどね。


そしてやっぱり勇気も体力もなく、弱虫でみんなを助けに行けなかった自分もそこにいました。
まずは自分の身を守りたいというエゴもあった。
寒いのも暗くなるのも正直怖かった。
もし、私が悔いのない選択ができたとしたら、戻ってみんなを助けることだけだったのに。
確かにかえって足手まといになったとも言えるけれど・・・。


だからこそ、もっともっと智慧や勇気や、強さを手に入れたい。
智慧というのは、自分のどんな言動が全体の利益に繋がるかを的確に捉えて答えを出せる力。


いつも考えてしまうことは、自分が飢えて死にそうな時に人に食べ物を差し出せるかということ。
自分が満ち足りていて余っているものを人に差し出すことはいつだって可能だ。
究極は目の前の人のために命を差し出せるかということ。
惜しみなく、気前よく、どーんと全てを差し出したいんだけど・・・・・まだまだそんな領域は遠い・・・・・。


今日はこっそり持ち帰ったホーリー・バジルの種を鉢に植えてみた。
生えて来るのかな??ヒマラヤン・バジル。


私自身の中にもホーリーな種をまき、大切に育てたいと思った。