お父さん

一日中、濃い霧の中を父の姿を求めて彷徨っている。
何も見えない。
「おとうさ〜ん!」「おとうさ〜ん!」
呼んでも返事は無い。
父はどこか遠くへ行ってしまったのか。
もう手の届かないところへ。
もしあの背の高い、痩せた父の姿の影でも片鱗でも見かけたら・・・・・喜び勇んで駆け寄って行くのに・・・・・。
ああ、どうしたことだろう。


昨日の朝、すたすた歩いて手術室へ向かい、笑顔で手を振って中へ消えていった。
それから 12時間。
私たち家族は本当に霧の中にいるような不安な気持ちで病院の待合室で過ごしていた。


父は去年食道がんを発病し、すでに手遅れと言われながらも抗がん剤放射線の治療に耐え抜き、その度に見事な回復を果たし、庭仕事や畑仕事ができるまでになっていた。
私たち家族も、多少の体力の衰えは見えてもがんなどなかったかのような父の回復具合にすっかり慢心していたところだったが、やはり再発。
今度は手術しか手立てがなく、何もしなければ今年いっぱいの命だという。
私は元々手術には反対だった。


あまりにも体を切り刻むハードな手術で、問題は術後の生活。
様々な合併症に苦しむ可能性も高く、生存率も低い。
そんな状態で生きていても幸福なのだろうか・・・・。
病院から逃げ出して、自ら漢方や気功、食事療法など体質改善で長年生き延びた人の手記を読んだこともあり、どちらかというとそっちの道が良いのではないかと感じていた。
今回、お医者さんの説明も、「手術しなければ死にますよ」的で、うーん、西洋医学の世界のみではそうなんだろうけど、って思った。
でも父は少しでも生存の可能性のある道を選び手術を即決したのだ。
私も本人の選択を応援するしかない。


夜に集中治療室で父を見たら、さすがにそれまで明るく振舞っていた母も姉も私も涙がでて本当にしょんぼりしてしまいました。
人工呼吸器をつけチューブだらけ。
笑顔で手術室に入った父が広範囲に臓器を摘出して満身創痍の状態だ。
ところが、麻酔で昏睡しているはずが家族の声に反応している。
「絶対聞こえている」と思った。
さすが父だ!

正直、また奇跡の回復を望む気持ちと、抗がん剤放射線、大手術、そんな苦しみもういいんじゃないか、という気持ちが交錯している。
実際、自分だったらどの道を選ぶのだろうか。 


テレビで岸部シローが奥さんを失い、途方に暮れて泣いている姿を見て、人生は無常だし、人は誰でも必ず死ぬし、いずれ別れが来るとわかっているのに、情けないなあ・・・なんて思ったけど、実際私自身も家族や自分が死んでいくことに関して免疫がなさすぎることにも気がついた。


肉体が壊れていくことを、やっぱ「こわい」と思ってしまう。


これも父が私に学ぶ機会を与えてくれているのかもしれないから・・・・・。

すべて受け入れて、修行の機会としていこう。